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明治大学
 大磯駿台会

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百合道子
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第12回文化講演会&コンサート

日時:2016年10月9日(日) 13:30 開演
場所:「海の見えるホール」(東海道線大磯駅前 ステパノ学園内)       
   第一部
演題:「高来神社の由来と大磯御船祭」 
講師:福田良昭氏 (大磯御船祭保存会、南濱 木遣師)
    渡辺幸臣氏 (高来神社 宮司)
  第二部
「歌と語りのコンサート」
出演:百合道子(ソプラノ)、添田千恵子(ピアノ)
主催:明治大学大磯駿台会
後援:大磯町

第12回目の今回は第一部として、大磯地区の氏神さまである高来神社の歴史などについて宮司の渡辺幸臣氏に、また2年に一度、夏に行われる御船祭(おふねまつり)の由来について大磯御船祭保存会の福田良昭氏に語っていただきました。
第二部は恒例の百合道子さんが添田千恵子さんのピアノ伴奏でお祭りの歌を歌いました。

中﨑町長の挨拶

こんにちは。中崎久雄
 この駿台会の講演会は回数を重ね、今回で12回を数えました。すごいなと思います。
やはり、継続することは大きな力となります。今日、たくさんの方々が町外からも来て下さっていることを大変ありがたく思います。これから町を背負って立つ若い方や子供さんも来ております。
 また、このたび町民の大隅良典先生がノーベル賞を受賞されました。皆さんおめでとうございます。私も本当に嬉しかったです。 大磯は文化、歴史の町といいますが、先生の受賞は町民に大きな力を与えてくれ、町全体が明るくなったと思います(拍手) 。
  私たちはこの大磯町の誇りを、文化を後の世代に伝えていかなくてはなりません。しっかりとそれを支えながら文化、学問を育んでいきたいと思います。
これからも駿台会の皆さんがお元気の間、長く続けていかれることを願っています。

【第一部】 

渡辺幸臣氏の講演要旨 渡辺幸臣

高来神社の宮司、渡辺と申します。
大磯御船祭の、歴史、伝説などについてできるだけ簡略に説明いたします。 大磯の東にそびえる高麗山は、いにしえより住民から信仰されていた所であります。

この神社の創建は6世紀以前とされ、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓を討った後に、高句麗の神霊・神皇産霊神(かみむすびのかみ)を高麗権現として山上に移して天下の長き安寧を祈願されたのが創始と伝えられています。 また、ご祭神様として神功皇后とその息子とされる応神天皇も安閑天皇の時代に高麗権現社に合祀されました。

この高麗権現は当時、箱根神社、伊豆山神社に分詞され、源頼朝や土地住民の深い信仰をうけ、古くから歴史の舞台となっています。(箱根山縁起・走湯山縁起・高麗寺建立記)
① 神功皇后が船団を組んで征伐に行き、船で凱旋した様子が御船祭の起源になっていると伝えられています。
② 天智7年(668)高句麗の使者であった若光(じゃっこう)は祖国滅亡後に東を目指し、大磯の浦に渡来、船で上陸して高麗の地に住み、大陸の文化を伝えました。 上陸地点の「唐ヶ原」の地名は現在も残っています。上陸の様子を唄ったのが木遣(きやり)の始まりでこれも御船祭の起源といわれています。
③ さらに、奈良時代に大磯の照ヶ崎の海で漁師・蛸江之丞(たこえのじょう)が千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)を引き揚げ、この地を訪ねた僧・行基がこの観音さまを拝み、高麗寺の本地仏と定め、高麗寺を創建したといわれています。

船に関係するこれらの3つの伝説がいっしょになって御船祭の由来となったものと言われています。

福田良昭

福田良昭氏の講演要旨

御船祭保存会の福田と申します。
本日は足元のわるい中、お出掛けいただきましてまことにありがとうございます。 私は大磯生まれの大磯育ちです。お話の中に方言などもありますが、歴史的なものと してそのままお伝えいたします。

本日のテーマはこの大磯に古くから伝わる御船祭。
この読み方は(おふね)祭り、(みふね)祭り、(おふな)祭りとも読めますが、高来神社と氏子総代会との協議の上、数年前に御船(おふね)祭りと読むことになりました。 また、高来(たかく)神社の高来はカウライとも読み、高麗(こうらい)のこと。意味は同じで高麗権現ともいいます。埼玉県(武蔵野国)日高市にあるのも高麗神社といいます。

高来神社(高麗寺)はいつできたか

後から書かれたものですが、「高麗寺建立記」によると神武天皇の即位の時にできたと書いてあります。その昔、天智7年(668)に、高句麗の王族の一行が祖国滅亡後に大磯のこの付近に上陸したとされ、高麗(こま)の地名が残っており、高麗神社とされました。

京都の朝廷が高麗人を優遇しようと大磯はじめ駿河、甲斐、相模、上総、下総、上野、常陸などに渡来して住んでいた1799名を武蔵野国(埼玉県)に移しました。
  この時、先に大磯に渡来していた若光が王(こしき)の姓を賜り、武蔵国高麗郡長(日高市)となって今年はちょうど1300年の記念の年になります。

もともと高麗にあった神様が箱根権現と伊豆山権現(走湯山縁起)にご分霊されました。両方の神社に行って私がその事実を確認しています。 つまり、箱根神社も伊豆山神社も大もとはこの大磯の高麗神社であります(箱根山縁起)。 ご祭神様は神皇産霊尊(かみむすびのかみ)です。

大名行列も下馬した御朱印地 高来神社

高麗神社は、江戸時代には徳川幕府からも崇敬され、天正19年(1591)には御朱印地として、特別な扱いを受けています。徳川家康没後の寛永11年(1634)には東照権現(家康)を勧請し、上野寛永寺の末寺になりました。 このため参勤交代の大名行列も高麗寺領内を通るときは下馬し、大鳥居の前で最敬礼して静かに通りました。当時、この高麗寺には「地頭所」が置かれ、宗教的権威と村の領主の役割をもつようになりました。

明治になると新政府の神仏分離政策により高麗寺は廃寺となり、高麗神社になりました。 さらに、明治30年には高来神社と改称され今日に至っています。 高麗権現社に安置されていた鎌倉時代の神像群は、保存修理のうえ大磯町郷土資料館に保管されています。高麗山の麓に鎮座する高来神社は高麗地区の鎮守であるとともに、旧大磯宿(東小磯以東)の鎮守で、地域の氏神様として日々地域住民の平和と安全をご守護されています。

海上渡御から陸上渡御へ 大磯御船祭

神輿(みこし)とは神霊が「お旅所」へお渡りになる時に一時的に鎮まるところで、興(こし)と言い、担ぎあげて移動するものをさします。神様が乗るから神輿といい、移動することを渡御(とぎょ)といいます。この時に歌われる唄が木遣(きやり)です。

古くは夏季大祭の毎年7月18日に船で花水川をさかのぼり、神輿を迎え船に乗せ、川を下って 海にでて兜岩(かぶといわ)の「権現通し」を通り、照ヶ崎海岸の式場まで海上渡御したと伝えられています。 船で渡御したことから御船祭の名前がついたものと思われます。

照ヶ崎で千手観音を引き揚げた蛸江之丞家(たこえのじょう)は、祭りを先導し天狗姿の猿田毘古神(魔除けのお猿さん)とともに苗字帯刀を許され、代々御船祭を先導し照ヶ崎海岸までお供しています。(夏祭り奉納木遣り伝承)。 もともとは南濱地区が権現丸、北濱地区が観音丸でしたが、明治元年の神仏分離令により明神丸に改められました。

その後、江戸時代の富士山噴火等により船で神輿をお迎えできなくなり、高麗神社からの御船の渡御(とぎょ)は車をつけた台車に御船を載せて練り歩く陸上渡御に変更されました。  朝の6時半に神社の前に据え付け、国道1号線を途中で唄を歌いながら皆さんに引っ張っていただきます。この方式は道路の渋滞などのため昭和61年(1986)が最後になりました。私は経験者です。

現在は2年おきの7月の第三日曜日に南下町と北下町で御船の渡御があり、二艘の天鶏船(あまとりふね)は南濱が権現丸、北浜が観音丸の御座船で船と船の間に高来神社の神輿を担ぎ入れ、 前後に警護し、各所で千手観音や高麗人渡来の伝説を木遣・御舟歌を唄いながら照ヶ崎 式場までお供します。

大磯の木遣・御船歌・神輿甚句

北浜の御船ができたのは文化11年(1814)の6月、今から202年前。 式亭三馬の本の中にもありますが、木遣は江戸時代のはやり唄の替え歌で大磯のご当地ソングです。祭船の上で「木遣師」が一人で唄います。南下町に173年前の天保14年(1843)の古い木遣りが残っております。 御船歌(おふなうた)は官船御用の御座船の櫓漕ぎ歌で、祭船の下で「歌揚げ」者が合唱します。かって櫓漕ぎの水主(かこ)が歌っていた名残りです。

神輿甚句(みこしじんく)の一つを紹介します。(大磯八景)
ソーラキタ、ァヨイショと合の手の入れて、これでお神輿を担いでいく。 歌に出てくる大汐鼻(おおしおばな)とはどこだかわかりますか?
福田良昭 これは北浜海岸の兜岩(かぶといわ)のことです。

会場録音 大磯八景(下記の▷クリック)

相州神輿甚句「大磯八景」

セー 大磯名所は アイヨ  数々あれど アイヨ
氏神鎮まる 高麗の嶺 ア、ヨイショ
麓を流れる 花水や  ア、ヨイショ
桜の花咲く 高麗寺の ア、ヨイショ
鐘が鳴ります 化粧坂 ア、ヨイショ
虎の御前の 化粧の井戸 ア、ヨイショ
唐が原の おぼろ月  ア、ヨイショ
曽我の十郎の 虎御石 ア、ヨイショ
西行法師の 鴫立や ア、ヨイショ
海水浴なら 照ヶ崎 ア、ヨイショ
小松林の 小淘綾や ア、ヨイショ
富士の高嶺を 西にみて ア、ヨイショ
南は大島 三原山 ア、ヨイショ
入船出船のにぎやかさ ア、ヨイショ
大汐鼻の潮煙      ア、ヨイショ
男波女波の 北濱に  ア、ヨイショ
今日も大漁の 旗「まね」が立つヨ
「ソーラキタ ソーラキタ」

以上、高来神社と御船祭のついてお話をさせていただきました。
どうもありがとうございました。

5分間の休憩後、恒例の第2部、「百合道子コンサート」へ移る。
特別ゲスト出演:百合道子さん(ソプラノ)
          添田千恵子さん(ピアノ伴奏)

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                                    (文・佐藤邦康)

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